2007年05月31日
鈴本演芸場
柳家ろべえ 「元犬」
柳家喜多八 「おすわどん」
柳家小三治 「小言幸兵衛」
柳亭燕路 「だくだく」
柳家小三治 「お茶汲み」
■元犬
ご挨拶代わりに名前の由来。
「お客様から野次がかかって初めてやじろべえになります」の自己紹介が終わり元犬に入ると共に、無意識に羽織の紐を解くろべえ。
「あれ?」と声を出し、暫し固まったかと思うと、照れ笑いを浮かべながら徐に紐を結びなおす。
この失敗が愛嬌に。
噺が進み、「裸じゃ困るだろ。私の羽織を貸してあげる。」と口入屋の旦那さんがシロに語りかけるシーンで、ようやく羽織の紐に手が掛かると客席から優しい笑いが起こる。
この笑いが、気持ちよかった。
ろべえの人柄の良さもあるんだろうけれど、何より、お客さんが温かさを感じる。
今日のお客さん、いい感じですよ。この人たちと笑いを共有できるのは嬉しいなあ。
しかし、この暖かさとはかけ離れているのだけれど、ろべえの元犬は後味がどこか気持ち悪いように思えた。
何故気持ち悪いのか、、と思い返すと、ただ単に「お元さん」が出てこないだけなんですよ。
ご隠居が、まるで一人で暮らしているような噺の流れ。たった一言、ご隠居が「お元は今、使いに出ていて」と云えば、腑に落ちるんですが。
いや、だってね、お元さんが存在しないまま噺を進めてしまうと、口入屋に「変わっていて面白い人」を頼み、やって来たシロを受け入れたご隠居の本心が掴みかねるんです。身の回りを世話する人間をさて置いて、道化者を求める意味を考えてしまう。
大事なんだなあ、お元さんの存在って。
■おすわどん
「しらふの一日は長い」
何処か深いセリフを吐く喜多八。
妻と妾の話。
夜な夜な、「おすわどん」と自分を呼ぶ声が聞こえる、と妾は旦那に訴える。
これは、死んだ奥様が恨みに化けて出ているに違いないと怯える妾。
そこで腕に覚えのある剣術指南を雇って声の主を探らせたところ、蕎麦屋の「蕎麦饂飩」と言う掛け声を「おすわどん(おそばうどん)」と聞こえていただけだった。
、、、とまあ、まとめると拍子抜けするほどの話だけれど、人の心を思うとなかなかに暗い噺。
サゲ
私(蕎麦屋)の息子ですと渡された蕎麦粉"子"を眺め、これをどうするのだと問う剣術の先生に向って
「手打ちになさいませ」と答える蕎麦屋
ちなみに剣術指南役の名前は「こおりやまたけぞう(郡山剛蔵)」
でも歌いません。
■小言幸兵衛
「えー、、、特にお話したいことは無いのですが、、、」の第一声から長いマクラへ。長いぞ。
このマクラの主題は2つ。
それぞれにタイトルを付けるとしたら、ひとつは「時差とハワイとハルシオンと」か?僕とカエルと学校と。
そしてもうひとつは「青葉の笛(敦盛)」。
ハワイの話は、「ハワイの時差にどうにも馴染めない」と言った愚痴と体験談。
ヨーロッパほど時差が開いている方が苦にならず、ハワイのように微妙な時間差が小三治には辛いらしい。「我慢して遅くまで起きているのはいいが、我慢して早く寝るのは辛いでしょー」と的を射ているのかはずしているのか、人を食ったような喩え方をする。
20年前に俳句会でハワイに行った時、この時差にひどく梃子摺ったので、後に娘とハワイに行ったときはこの眠気を逆手に取り、機上する前にハルシオンを服用してみたそうな。
しかし、その用量がいけなかった。
日頃は四半分に分けたその1欠片を服用しているのに、その時は1粒半をいっきに飲み下した。この6倍の量は効果覿面で、機内では寝っぱなし。ハワイに着いても、夢か現かの状態が続く。
それどころか、帰国してからもどうにも体の調子が戻らない。頭がやたらとボンヤリしてしまったそうな。
帰国して間もなく浅草で「茶の湯」をやったが「根岸」と云う地名が思い出せない。致し方なく「隠居にいいところが見つかりました、、、場所はねえ、、、あそこなんですよ」と「あそこ」で誤魔化す。
ちなみに、「根岸の里」と云う言葉は俳句を作るにはとても便利な言葉で、何にでも「根岸の里の侘び住まい」で〆れば、いい句に聞こえる、、、と小三治。
ちょっと、作ってみよう
「チリ人妻、根岸の里の侘び住まい」
あ、本当だ。とても慎ましく暮らしているようないい絵が浮かぶ。
「北斗神拳、根岸の里の侘び住まい」
あ、本当だ。閑静な里に響くアベシ!と云う悲鳴もなかなかにオツだ。
「風船おじさん、根岸の里の侘び住まい」無事だったんか。
「三角コーナー、根岸の里の侘び住まい」レタス腐ってる。
「ビリーズブートキャンプ、根岸の里の侘び住まい」痩せそうにない。
「シェフのきまぐれサラダ、根岸の里の侘び住まい」雑草。
「こんなになっちゃったよ、根岸の里の侘び住まい」何してるんだ。
なるほど小三治の云うとおりだ。「根岸の里の侘び住まい」お勧めです。使わなくちゃバカ(おすぎ風)。
ともかく、この「根岸の里」を思い出せず、苦し紛れに「あそこ」と言ったことがきっかけで「呪縛が解けた」と云う小三治。「俺は知らなくてもいいんだ、、、と悟った」と続ける。
上手くやろうとしていた肩の力が抜けた、、、と話をまとめるところが「呪縛」だと思うのだけど、それはそれ。これはこれ。だけど、ちょっとだけ、向田邦子のエッセイを思い出した。あの一つ一つが綺麗に落ちている話の数々。向田には向田の呪縛があり、小三治のマクラにはマクラの呪縛がある。
ハワイの話はこれくらい。続きましては敦盛の話。(どうだ、長いだろ。まだ小言幸兵衛に入らないんだぜ)
敦盛と言われると、芝居や文楽の熊谷陣屋や、能の敦盛を思い出す人も多かろうが、小三治が話題にした敦盛は明治時代の小学唱歌「
青葉の笛(敦盛と忠度)」の敦盛。
無法松の一生で子供が歌っていたそうな。(覚えてないなあ、、、しかも坂妻の無法松だって、坂妻!嬉しいじゃないか。)
と、まあ、長いマクラだったワケですよ。
寄席の狭い椅子で聞くよりも、日当たりのいい縁側に新聞広げて足の爪をパチンパチン切りながら(ここは、いわゆる爪きりじゃなくて裁縫で使う握り鋏がいいね)聞きたいなぁ。
そしてようやく小言幸兵衛。
プロローグが秀逸。玄関先に出て、家の目の前で孫に小便させているバーさんに小言。目線を少し上げ、井戸端でワタを散らかす魚屋を見つけ小言。そのまま視線を通りまで移し、2匹でつるむ犬に「他所の町内でつるめ!」と小言。それで満足したかと思えば、家に入って奥さんに連続小言。いい人物描写だな。ダイコンの花あたりの森繁久彌にこれらのセリフを云って貰いたい。
他、つれづれ
「カメハメハ 椰子の木陰でハメハメハ」
「あれ(小三治の落語研究会のDVD集)はハッキリ云ってオススメできない」
バーさんへの小言1「くるくる回って北でピタリと止まる磁石婆め」
バーさんへの小言2「慌てるな。新撰組が飛び込んできたんじゃあるめいし」
小言をかわすバーさんの知恵「それじゃ、おじいさんのお腹が停車場になる」
豆腐屋夫婦の馴れ初めで「お前さんみたいな人に賽の目にされたいわー」
息子の名前は鬼塚セコ左衛門
■だくだく
「夜もだいぶ更けて参りました」の第一声で笑いをさらう。時間を見たら20:35だった。
続けて、小三治の話の長さを新幹線の乗車時間に例え「名古屋はとっくに過ぎて、そろそろ京都へ着く頃です」
うまいなあ。
百円札がぎっしり書かれた金庫。「透かしはいりません」と先生に言う。
百円札って透かしが入ってるのか、すごいな日本の印刷技術は。
■茶汲み
「私は何かにつけて奥手でして」と言い訳じみた事を言い出し、柳家小里んと柳亭小燕枝とで風俗へ行った話しを続ける。
「あれはたしか、、、"大奥"って店でした」
何度か通い、また足が向った矢先、なにやら店先が騒がしい。様子を見ていると、警察の手入れが入ったようだと気づく。ぞろぞろと店の関係者が出てくる中、最後に一人ぼんやりと講談師の田辺一鶴が店から出てきたところまで。あの髭で寄る辺無い顔をしてたかと思うと気の毒やら笑える。
ここまで聞いたらお腹いっぱい。
この後で聞く茶汲みはいい塩梅。最後の一服に塩こぶが付いた程のよさ。
途中「マクラなんかどうでもいいから先行けよ。マクラの長い噺家にロクな者がねえよ」のセリフ付き。これが塩こぶ。
ちなみに店の名前は「安大黒」。ひたすら安っぽい。
うーん、すごいボリュームでしたね。